『自由エネルギー原理を哲学する』Web付録 02 第4章対応

期待自由エネルギーで未来の方策を比べる

行為する主体は、まだ得ていない観察をどう扱うのか。時間発展を含む部分観測マルコフ決定過程(POMDP)を導入し、「知ることの価値」と「望ましい結果の価値」を一つの式にまとめます。

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  • 本文:第4章「行為推論における期待自由エネルギーの最小化」

1. 本文の x と y を、時間の中へ置く

第1章では、外界の状態を x、感覚入力を y と書きました。未来の複数時点を扱うときは、時点 τ を添え、次の補助記号を使います。

本文xsτ付録の補助記号

時点 τ の隠れ状態

本文yoτ付録の補助記号

時点 τ の観察

s は state、o は observation の頭文字です。記号を変えるのは、別の概念だからではなく、「どの時点の状態・観察か」を見失わないためです。

G は付録で導入する補助記号

本文では記号を使わず、「期待自由エネルギー」という名称で表しています。付録では、現在の観察に対する変分自由エネルギー F と、将来の方策を評価する期待自由エネルギーを区別するため、後者を G(π) と書きます。

2. 見えない状態のもとで、行為を選ぶ

部分観測マルコフ決定過程(POMDP)は、外界の状態を直接には観察できない主体が、観察から状態を推論し、行為を選び、その結果として次の状態と観察へ進むモデルです。本文にあるとおり、これは、生物は外界から隔てられているという自由エネルギー最小化の前提を、自然に拡張したものです。

時点 τ
時点 τ+1
時点 τ+2
sτ隠れ状態
行為 uτ →
sτ+1隠れ状態
行為 uτ+1 →
sτ+2隠れ状態
oτ観察
oτ+1観察
oτ+2観察

将来の行為の並び (uτ, uτ+1, …) を方策 π と呼びます。主体は候補となる方策ごとに未来を予測し、比較します。

A状態から観察がどう生じるか

p(oτ | sτ)

B行為で状態がどう移るか

p(sτ+1 | sτ, uτ)

Cどの観察を望ましいとするか

pC(oτ)

D最初の状態についての予想

p(s1)

A・B・D はPOMDPの全体像を示すための補助表記です。本文に登場する事前選好分布 C は、本文と同じ記号で表しています。

3. まだ起きていない観察を、期待値で評価する

方策 π を採ったとき、将来の状態 sτ と観察 oτ はまだ確定していません。そこで、その方策のもとで予測される分布 q(oτ, sτ | π) によって平均を取ります。本文の言い方では、「ある方策を採用した場合の、未来にわたっての自由エネルギーの平均」です。

Gτ(π) = Eq(oτ, sτ | π) [ ln q(sτ | π) − ln p(oτ, sτ | π) ](A1)

複数時点にわたる方策の期待自由エネルギーは、評価する各時点の和として表せます。

G(π) = ∑τ Gτ(π)

現在の観察について F を小さくするのに対し、行為選択では、将来の予測について G が小さくなる方策が選ばれやすくなります。

4. 認識価値と外的価値へ分解する

将来の生成モデルを、観察後の状態推論と事前選好分布を使って近似的に書き換えると、本文の「期待自由エネルギー ≒ −(認識価値+外的価値)」という関係が得られます。

Gτ(π) ≈ − Eq(oτ | π) DKL( q(sτ | oτ, π) ∥ q(sτ | π) )認識価値 − Eq(oτ | π)[ ln pC(oτ) ]外的価値
知ることの価値

認識価値(情報獲得)

観察後の信念と観察前の予測のKLダイバージェンス。観察によって隠れ状態についてどれだけ情報を得られるか、すなわち期待情報利得を表します。

大きい方策:不確実性を減らし、世界について学べる。

望ましい結果の価値

外的価値(目標達成)

予測される観察が、事前選好分布 pC(o) のもとでどれほど望ましいかを表します。

大きい方策:好ましい結果へ到達しやすい。

どちらにもマイナス符号が付くため、認識価値または外的価値が大きいほど G は小さくなります。したがって、期待自由エネルギーの最小化は、探索(情報を得ること)と活用(望ましい結果を得ること)を同じ基準で釣り合わせます。

分解の途中式を見る

式(A1)の生成モデルを、選好を組み込んだ p(oτ, sτ | π) ≈ q(sτ | oτ, π)pC(oτ) として書き換えます。

Gτ(π) ≈ Eq[ ln q(sτ | π) − ln q(sτ | oτ, π) − ln pC(oτ) ]

前半は「観察前の信念」と「観察後の信念」の対数比です。符号を反転させて観察について平均すると、期待情報利得、すなわち認識価値になります。後半は事前選好分布の対数確率の期待値で、外的価値になります。

5. C は「どんな観察を望むか」を表す

事前選好分布 C は、本文のとおり「どのような感覚を観察するのが望ましいかについての確率分布」で、確率が高い感覚ほど好ましいものと解釈されます。付録では、その分布を pC(o) と書きます。

報酬を得る0.88
何も得ない0.10
損失を被る0.02

確率予測との違い

「報酬が起きそうだ」という予測と、「報酬が望ましい」という選好は別です。前者は世界についての信念、後者は結果に与える価値です。目標や欲求を信念の形で表し、現実をその信念に近づけることで目標を実現する。これが本文で紹介されている発想です。

文献によっては、C を観察の対数選好を並べたベクトルとして表します。その場合も、外的価値は「予測される観察が選好にどれほど適うか」という同じ役割を担います。

6. T字迷路では、なぜ先に手がかりを見るのか

本文の図23にあるT字迷路のシミュレーションを考えます。ラットは迷路の中央に置かれます。上部の左右どちらかの端に報酬(餌)がありますが、どちらにあるかはわかりません。下部には手がかりがあり、それを見れば報酬の側がわかります。移動できるのは2回だけで、いったん上部の端に入ると抜け出せません。

左の端報酬?
中央開始地点
右の端報酬?
手がかり報酬の側がわかる
方策Aすぐ左の端へ

外的価値は見込めるが、報酬の側が不明なので賭けになる。

方策B手がかり → 報酬の側へ

1回目の移動に認識価値があり、2回目で外的価値を得やすい。

方策Cすぐ右の端へ

方策Aと同様、情報を得ずに選ぶ。

期待自由エネルギーの最小化は「望ましい結果に近づくこと(外的価値)」と「不確実性を減らすこと(認識価値)」を同時に評価するため、もっとも多くの情報が得られる手がかりを先に訪れる二段構えの方策Bが選ばれます。手がかり自体に報酬がなくても、それが後の選択を改善するなら認識価値があるのです。

ただし本文にあるとおり、事前選好が十分に強いと外的価値が認識価値に勝ち、手がかりを見ずに、いきなりどちらかの端へ向かう方策(方策AやC)が選ばれやすくなります。逆に選好が弱かったり、自分の知識に自信がなかったりする局面では、まず手がかりを取りにいくふるまいが現れます。

7. 選好と「精度」⁠を混同しない

C は、どの結果をどれほど望むかを定めます。本文で「事前選好分布の精度」や「精度に現れる事前選好の強さ」と呼ばれているのは、この分布の鋭さ、つまり選好の強さのことです。それとは別に、方策間の G の差を、行為選択にどれほど強く反映させるかを表す方策の精度があります。

事前選好分布 C

望ましい結果の「向きと強さ」を定める。

方策の精度

期待自由エネルギーが小さい方策に、どれほど確信をもって絞り込むかを定める。

また、精度は感覚や状態遷移の信頼度についても考えられます。同じ「精度」という語でも、それぞれモデルの中で果たす役割は異なります。

この付録の要点

  1. G(π) は、方策 π のもとで予測される将来を評価する。
  2. 最小化すると、認識価値と外的価値の和が大きい方策が選ばれやすい。
  3. 認識価値は「知ること」、外的価値は「望ましい結果を得ること」の価値である。
  4. C は結果への選好であり、世界についての予測や方策の精度とは区別される。